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『監督失格』の平野勝之監督インタビュー

  山形国際ドキュメンタリー映画祭インターナショナル・コンペ部門に日本唯一の出品作!!

長崎成明(何でもライター)



 昭和30年代〜40年代、家庭で手軽に楽しめるゲーム機などなかった頃、漫画やテレビ、映画の世界は憧れであり夢だった。しかし、その世界で仕事ができる人は極一部にすぎない。
 漫画家としてデビューし、ぴあフィルムフェステ ィバルを経てプロの映像作家に転出した平野勝之監督。才能に恵まれながら今日までの道のりは決して平坦ではなかった。山形国際ドキュメンタリー映画 祭インターナショナル・コンペ部門に日本唯一の出品作となった『監督失格』をメインに話を伺った。



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Q:ドキュメンタリー映画を多く撮られていますが、この分野にはあまり関心がなかったとのことですが。

H:僕はドキュメンタリーやインディーズにはほとんど興味がなくて『ジョーズ』や『2001年宇宙の旅』に強い影響を受けました。『ジョーズ』は劇場公開時は観ていなくて、中3か高1の時にテレビで観て、えらいショックを受け、こんな面白い映画があるのかと夢中なったのを今でもよく覚えています。
  最初、僕は漫画だったんですよ。幼稚園の頃から漫画家になるつもりで、絵だけは得意だったから単行本を真似してノート1冊、反対側に表紙を描き最後まで1ページも破らずに一気に埋めてしまうようなことをやっていました。

Q:洋泉社から単行本(『ゲバルト人魚』)も出してますもんね。

H:出せば必ず入選するという幸福な時期があって賞金稼ぎしていました(笑)。『週刊ヤングマガジン』や他の雑誌にも描いていたりとか。

Q:“ヤンマガ”は大友克洋さんが『AKIRA』を連載中の頃ですね。

H:そうです。ちばつてつや賞とって、同じぐらいに『AKIRA』の連載が始まり、担当も同じ方だったから、それで大友さんと知り合いになれました。

Q:大友さんは宮城県出身で、我々世代の超ヒーローなんです。

H:ああ、そうですよね! ますむらひろしさんは米沢でしょう。漫画界のニュー・ウェイヴで僕はお二人とも凄い好きでした。

Q:大友さんも漫画からアニメ、映画の世界に入っていきました。当時、音楽も映画もニュー・ウェイヴ、インディーズ時代で、面白い表現がいっぱいあって、レンタル・ビデオ店があちこちにでき始め、映像分野の革命期とも言えると思います。僕は月に1回、仲間で気に入ったビデオを持ち寄る合評会をずっと主催していたのですが、その中の一人が平野監督の『由美香の発情期』を持ってきて、大激論になりました。

H:(爆笑)

Q:あとから別な一人が、あの監督、ぴあフィルムフェステバルに出していた人じゃないか、コミカルな作風とか似てる、と。

H:PFFの時代は映像にシフトしていたから漫画を描かなくなった、描けなくなったんです。『由美香の〜』は初めてのビデオ映像で張り切りすぎて訳解らんものでしたが、それまでは8ミリで方法論を掴んでいたし、商業作品の1本目で、多分、試行錯誤の結果だったと思うんですよ。その後、テレビを参考にビデオの録り方、特性を学び、少しずつ慣れていったという感じです。

Q:確かにフィルムは現像するから化学ですけれども、ビデオは電気ですから、その差は決定的ですね。

H:そうそう、ビデオだとどうしてもワン・カット延々映すのに適性があったり、どうしてもリアルに録れてしまう。『監督失格』は絶対にフィルムでは撮れない領域なんです。

 ユニバーサル・スタジオ・ハリウッドには平野監督が映像の道に入るきっかけとも言える『ジョーズ』で使われたサメの模型があったが、実際に見ると、もの凄くちゃちい。それなのにフィルムを薬品で現像すると、まさにイスラムから再輸入され中世ヨーロッパで盛んになった化学の基礎とも言える錬金術のように本物に近いサメらしく見えてしまう。それに対してビデオ映像は映像信号を電気的に処理して記録するため、あるものをあるがままクールに映し出すという特性がある。
 
Q:『由美香の〜』の反省から『水戸拷問』以降の作品に繋がりますが、1作目の反省をどう次の作品に活かしましたか。

H:8ミリ時代からエンタテインメントということは常に意識していました。ジブリみたいなエンタテインメントもあるけど、一見違うように見えるかもしれない、僕みたいなエンタテインメントもあるよということです。『監督失格』も核になっているのはそこです。一般のドキュメンタリー映画を観ると驚きます、サーヴィス精神ゼロ。硬派な部分はなるほどと認めながら観てますけど。

Q:エロスと笑いは両立すると思いますか。

H:共通する部分はあります。セックスなんてある意味マヌケなところもあるんで、描こうとすれば。エロスと言えるか解りませんが、マスターベーション話なんかどこかにコミカルな要素があるじゃないですか。客観的に見たら人間の根源的行為であるけれども恥かしい部分、そこには笑いが含まれている。そういう関連性はあるはずです。エロスの方から考えると女性の羞恥が大きなテーマで、恥かしがる表情とか。通常では見られないものを見たいという願望、それが多分エロスの本質の一つだと思います。

Q:相手をもっと知りたい、深く関わりたいということですね。

H:それが極端になると排泄とかにいってしまう。でも、視点を変えるとただの馬鹿馬鹿しいものになってしまうんですね。

Q:AV草創期には代々木忠さんや村西とおるさん、清水大敬さんとか巨匠と言われる方々が大勢いましたが、影響を受けた方は?

H:あまり観ていません。凄い人だという認識はありますが。清水さんとは仲が良かったし。でも、影響を受けたのは同世代です。バクシーシ山下、カンパニー松尾、ゴールドマンとか。彼らはまったく映画のことを知りません。山下なんか『南極物語』くらいしか観たことがない。そういう人間がとんでもないものを創っている。衝撃的でした。そういうところから新しい映画的なものが出てきている。エロと言うよりも新しい方法論による映像作品。しかも、実験映画の連中にも出せない、テレビでも不可能。それに関しては非常に影響を受けているし、シンパシーを感じます。ビデオ・カメラで撮ることの本質は観たいということ、さらに直截的に観られるということだと思います。不謹慎と思われるかもしれませんが、今回の(東日本大震災の)津波の映像を観たいという欲望が人間の中にあるはずなんです。もの凄い極端な言い方をすれば、僕は映像を見世物だと思っているんで。どこかでその本質の核になる部分を掴んで録ると、僕の場合、商業的なテーマからは外れてしまうけど、人間本来のもの、追い詰められると人間はこうなっちゃうというところにいきつくんです。だから僕はドキュメンタリーという形からは入りません。フィルムの場合は逆で、物語性であったり、創りこんでゆく良さがある。でも、不思議なもので、ビデオ録ったもの、映画的に撮ったものがいつの間にかリンクしてくる。そのあたりに興味があります。

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(C)「監督失格」製作委員会

Q:今回のプロデューサー、庵野秀明さんとはどういうきっかけで知り合ったのでしょう。

H:僕の『由美香』という映画がきっかけで。庵野さんが『ラブ&ポップ』撮影中に凄く悩んでいる、と。多分、ビデオ映像の方法論で悩んでいたらしいんですが、今回 の企画・製作の甘木(モリオ)さんが参考 になるかもしれないからと誘ったようです。最終日に庵野さんがいらして凄く気 に入っていただいて。
 その後、甘木さん、松尾君、庵野さんとよく飲むようになって。そして昨年の春頃、由美香が亡くなって以降、新作映画が作れなくなった現状を庵野さんに相談しました。庵野さんはそんな僕を見てヱヴァに捕らわれている自分を重ねたのか、なんとか手助けしたいと言ってくれました。庵野さんから甘木さんに頼んでもらったことで具体的にこのプロジェクトが動き出しました。甘木さんが「僕は『由美香』に感動した人間なので、平野さんが林由美香を題材に映画を作るならプロデュースしたい」と言ってくれました。

Q:庵野さんとはどういうことを詰めて話し合いました?

H:編集のたびに庵野さんの会社で試写をやっていたので、関係者を呼んで、皆で話し合いました。

Q:その時、どういうことを言われましたか。

H:最初は僕も悩んでいて構成を何度も変えるんですが、これはないだろうとか、まだまだ覚悟が足りないとか滅茶苦茶言われました。そういう意見を汲みながらまた繋いでゆく。それでもまだ足りないと言われたり。最初、僕は由美香とママの話で考えていたんです。だからおそらく退いていたんですね。自分の話ではなく由美香とママの話を映像にするのが自分の使命だと思っていて。でも、庵野さんは「これはやはり主観でいかないとダメだろう。由美香とママの話はベースでオーケーだけど、ラストはちゃんと今、平野さんがどう思っているかで締め括らないとまずいんじゃないか」と話されて。よく覚えているのは「この映画を創れるのは世界で一人だけ、平野さんしかいないんだ」と。

Q:『監督失格』というタイトルはその時点で決まっていました?

H:甘木さんに企画の話をしたおり、由美香の遺体を発見した時、僕はカメラを持って遺体のところまでいけなかったので、それが非常に気になる、写してみろと言われているような気がする。自転車旅行で喧嘩しているところを録れなくて、監督失格って言われたし。すると甘木さんが、じゃ、それだねとおっしゃった。最初、面食らったんです。『由美香ママ』という仮タイトルで出していたんで。2、3日経って、それでいきたい、是非一緒にやらせてくださいと僕から言いました。

Q:監督は由美香さんのどういうところに惹かれました?

H:ああいう人、いないんです。僕がカメラで突撃するとだいたい負けまよ、女優さんは。
 由美香の場合は唯一それを受け止めてキャッチ・ボールができる。思わぬところから攻撃される。そんな人はいませんでした。だからモノを創るという意味では一番いいコンビネーションでした。これはあとで思ったことですけど。

Q:今回、平野さんの奥さんを組み込むという手はなかったですか。その方が多角的な表現になったようにも思えますが。

H:それ入れちゃうと収拾がつかなくなります。次々に話が展開して一度でも出すと、あの奥さんはどうなったの、平野との関係はどうなの、引いては由美香と最後に付き合った男はどうなのとかって焦点がぼやけちゃう。だから編集段階でどんどん削いでゆくというのがテーマでした。気になるのは解りますが、関係を絞りこむのに専念して今回は外しました。それがまた想像力を刺激するかもしれませんが。出すとしたら前半だったんでしょうね。でも一度出しちゃうと皆そっちの方が気になると思うんです。

Q:少し前に、“死のポルノグラフィー化”ということが言われて、核家族になり、一人暮らしが増え、死を身近で見る機会が失われた、テレビや映画、雑誌や本でも実物の死体をタブー視する風潮が自然にできあがり、死がどんどんリアリティをなくし、日常全体がヴァーチャルになってゆく、それは人間にとってどうなのだろうという疑問の提示でした。どう思われますか。

H:とても難しい問題ですね。状況によるし、僕は遺された方々を考えてしまう。国民性もあるだろうし、日本のように死から遠ざかってしまうマイナス面もあるだろうし、逆にプラスの部分もあるかもしれません。インドのように……

Q:路上に死体があっても割と皆平然としている状況もありますね。

H:そう。日本では遺族の気持ちを考えれば軽々しく扱えない。

Q:震災のチャリティ写真展開催の企画があり、被災した某カメラマンに声をかけたんです。最初はふたつ返事でしたがサンプルがなかなか届かない。何度も催促の電話をしたらやっと繋がり「あの時、俺は気が狂っていた」と言うんです。彼は不況で仕事がなかったこともあり写真週刊誌に売るつもりで遺体や死にかけている方の写真を撮り捲ったそうです。あの日は夕方から雪が降り、救助隊もすぐには現地に入れなかったので凍死した方もかなりいらっしゃって、叫び声や呻き声が耳から離れないと言うんです。彼とは、その後、連絡が取れなくなりました。今回、『監督失格』を観て僕の中で繋がるものがあり、是非聞いてみたかったんです。

H:僕もさんざんそれで悩んで5年間も録れなかった。由美香のマンションで僕はカメラを放棄しましたが、由美香、由美香ママ、僕の関係ではあれがベストだったと信じています。震災の写真を売ろうとする行為とは全く違うこと、別問題です。でも、僕は売ってもいいと思います。その代わり、彼は今後生きていけなくなるかもしれない。その覚悟があるのかどうか。

Q:僕もそう思います。だから、あの時監督が由美香さんの遺体にカメラを向けていれば“監督失格”ではなくて“人間失格”ではないかと実は思っていました。

H:そう、その通りだと思います。もし録っていたらこの映画はできなかったかもしれない。その可能性は大いにある。だからこの映画は70点、80点では許されない、100点でもまだ足りない。150点以上じゃないと。その具体的な落とし前のつけ方に悩んで本当に発狂寸前までいきましたから。震災に関してもそういう素材を扱うということは決して無難にできるものじゃありません。

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平野監督は、この日、山形から7時間かけて
仙台に自転車でいらっしゃいました!

『監督失格』 2011/日本/1h51
監・出:平野勝之 プロデュース:庵野秀明
出:林由美香/小栗冨美代/カンパニー松尾

フォーラムネットワーク各劇場にて順次公開!